後悔するかしないかはどうでもいい

皆さんは大きな決断をするとき「後悔しないかどうか」を考えることはあるだろうか。

会社を辞めるとき
「辞めることを後悔しないだろうか」

恋人と別れるとき、配偶者と離婚するとき
「別れても後悔しないだろうか」

挑戦していることに行き詰まっているとき
「明日死んでも後悔しないと思えるほど一生懸命できているか」

占いや、フリーランスを目指す人向けのビジネスコンサルを通じて
人の悩みや葛藤をたくさん拝見しながら
「後悔」について、最近思うことがある。

それは「この先後悔しないかどうかという視点は大して重要ではない」ということだ。

だって、「今」の決断が後悔に変わるかどうかって、「今」のあなたにわかるはずがないんだもの。

「人間万事塞翁が馬」という故事がある。

今起きた出来事が幸か不幸か、今判断できるもにではない、という意味だ。

フリーランス目指して会社を辞めたけど、1年経っても全然稼げない。
そのときはきっと、脱サラなんかすべきじゃなかったと後悔するだろう。

でも、その翌月から収益化できるようになり、その1年後には会社員時代の収入に並び、更にその1年後には会社員時代の収入の2倍を稼げるようになっていたとしたら、どうだろう。脱サラして独立したことを、後悔するだろうか。

きっと、しないと思う。

でも、インフルエンザにかかって仕事ができないとき。
あなたはきっと、会社員時代のときに保有していた「有給休暇」の制度の素晴らしさを実感し、有給休暇という概念がないフリーランスとしての働き方を後悔するかもしれない。

つまり何が言いたいかというと、下した決断1つとっても、人生のどの場面から見るかによって、後悔するかしないかなんて簡単に変わるということだ。

だから重要視した方がいいのって、「後悔するかどうか」ではなくて
「今の生き方がどうなのか」なんじゃないかと思う。

どんなに深く長くたくさん考えたって
後悔するときはするし
大して考えずに決断し行動したって
後悔しないときもある。

だから大事なのは

“今”自分が何を感じ、どうしたいのか。

この一点に尽きると思う。

未来も過去も簡単に変わる。

まだ起きてもいないことを不安に思っているとき
意識は未来に飛んでいる。

意識を「今」に据えていないと

現実が崩れていく。

現実が崩れると

「あのときこうしていれば…」
「あのときこれをしたせいだ…」

と、かつては肯定していたはずの過去すら崩れていく。

だから「今」の決断をするとき
「未来の自分」がどう思うか、ではなくて


「今」この生活を続けたいかどうか
今の充実度合いがどのくらいなのか

これを基準に決めたらいいと思う。


時間は未来から流れているけど
「今」の決断と行動が
現実を創り
その繋がりが未来だ。

後悔するかどうかではなく
「今」の人生がどうなのか。

意識は常に「今」に据えておきたい。

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